ウィザーズブレインでクリスマス。
本編に即して、孤児院にプレゼントを届けるイル。

(2006.12)シャーペン、OekakiBBS

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▽ありがたいことにレクイエム様よりSSを頂きました▽


「笑顔のプレゼント」





ありがとう








「よーしよし、ちゃんと集まっとんなー」
時は深夜十一時前。
場所はシティ・モスクワ内にある教会。「聖セラフィム孤児院」に付属する教会である。
その教会”屋根の上”で、イリュージョンNo,17はI−ブレインの反応に満足し、笑みを漏らした。
I−ブレインが示した反応は、この教会の中にいる人間の数。
子供達が35人と、最近からここに見習いという名目で入ったシスター、そして本職のシスターが一人ずつ。
約束どおり、子供達はまだ寝ていない。
「急いだらなあかんなー」
早く寝て早く起きる。成長のためにも重要なことだ。
そんなことを思いながら、イルは肩に背負った白い袋を担ぎなおした。
普段の白服に加え、羽織っているのは赤く染められた衣装。
つまるところはサンタクロース。
「今宵のおれは一味違うねんで……」
意味も無くそんなことを呟いてみた。
なかなか似合っているのではないかと、そう思う。
……もっとも、この姿を”見習いシスター”に見せたときは大爆笑されたのだが。
「ったく、あの姉ちゃんはー……っと、そろそろ時間やな」
脳内時計が(22:59:45)を示す。
下では見習いシスターと本職シスターが子供達に「サンタさんがそろそろ来るよ」と言っているはずである。
沢山のおもちゃやら携帯端末やらぬいぐるみなどが詰まった袋を抱えなおし、イルは己が能力を発動した。


(シュレディンガーの猫は箱の中)


教会に煙突というものは無い。
けれどもそんなことを理由に真正面から入っていったのでは子供達の夢を壊すし、何よりも飽きられてしまう。
故に煙突は無いけれど、侵入経路は上から。
二階から飛び降りるなどイルの身体能力では楽勝。
驚く子供達を尻目に、颯爽と着地する寸法であった。


……だが、イルはうっかり大事なことを忘れていた。


確かに彼の身体能力ならば、普通の家の屋根から飛び降りたところでなんの支障も無いだろう。
しかしここは教会。
神の神聖さをアピールするために設計された特殊な空間は、天井がとっても高く作られている。
そう、普通の家なら三階か四階だてくらいに。
―――つまり。


「…………お?」


天井をすり抜けたイルの眼に、予想していたよりも数倍遠くにある床が映る。
高さ、およそ10m。
実に一般家屋四階分を越える高さである。
―――なんでやねんッ!?
ここまでの思考、コンマ03秒。
しかし天井の梁を掴むには時既に遅く、重力制御の能力を持たないサンタイルは、真っ逆さまに墜落していった。








     *     











「ねーねー。まだサンタさんこないのー?」
「こないのー?」
「のー?」
「ええと、もうすぐだから大人しく待ってるのよ?」
「はーい」
「はーい」
「はーい」
輪唱のように矢継ぎ早に繰り出される子供達の質問攻めをかろうじて躱し、見習いシスターこと天樹月夜は一息をついた。
「すみません。子供達の相手まで」
「あ、大丈夫ですから」
そっと横にたったのはここの教会の本当のシスター。
素性の知れない月夜をイルの紹介だから、という説明だけですぐに受け入れてくれた人だ。
それについては確かに感謝している。
しているけれども。
……なんでアイツのサンタごっこに付き合わなきゃなんないのよ……。
転びそうになった女の子をやさしく抱き起こし、軽く頭をこづいて諭し、月夜は溜息をついた。
正直、ここが教会でなく、子供達がいなかったら速攻で逃げ出す算段を練っているところだ。
けれども、そうもいかない。
もとより世話好き、というよりは錬という手のかかる弟を持ったことで月夜が子供好きだ。
はじめは怖がっていた子供達も、月夜に害がないとしるとすぐに打ち解けてきてくれた。
「あーもう、こらサーシャ。キャンドルは危ないから触っちゃだめって言ったでしょ」
蝋燭に手を伸ばそうとした女の子を抱き上げる。
むぅ、とサーシャは一瞬むくれたが、
「……ごめんなさい」
「よし。えらいえらい」
すぐにしゅん、となってごめんなさいと言ってきた。
わんぱくな子たちが多いけれども、基本的なしつけはきっちりされている。
転がるように遊びまわる35人の子供達を見回し、月夜はやさしく微笑んだ。
と、そろそろ時間である。
「みんなー。そろそろサンタさん来るわよー」
そう言うが早いか、
「どこどこどこどこーっ!?」
「だから今か」
「でてこーい! さんたーっ!」
「今から来るんだって、って言っても聞いてないわよね……」
「さーんたっ!」
「くーろすっ!」
「さーんたっ!」
「くーろすっ!」
「……二人にしてどうすんのよ。―――じゃなくてフィリップ! そっちの方ちゃんと監督しなさいって言ったでしょ!」
……なんのかんの言って、月夜も楽しんでいるようである。
きゃーきゃーと走り回る子供達をシスターと二人でなんとか掴まえ、礼拝用の椅子に座らせる。
予定では30秒後に、あの白髪少年がサンタの格好をして入ってくるはずである。
……どっから?
少年の能力は既に知っている。
が、流石にパイプオルガンの中とかから出てくることは無いだろうし、煙突もここに無いし……
「……まさか、ね」
上を見やる。
いくら煙突が無いからといって、この10mを越える高さから落ちてくるわけが、




「しゃれになっとらへんわ――――――ッ!!」




…………わぉ。
頭上より白い物体が落下してくる。
紛れもなく、ヤツだ。
それ以上のことを考える前に、”サンタクロース”はドップラー効果と共にマリア像の手前に墜落し、



「――――――はッ!」



綺麗な五接地転回着地を決めた。
誇らしげに白い歯を見せて笑うサンタクロース。
月夜もシスターも固まっている。
当たり前だ。どこの伝承に10mの高度から落下した挙句完璧な転回着地を決めるサンタクロースがいる。
「…………あの、イル……?」
「あんたね……」
おそるおそる声をかけるシスターと、半眼になりながら詰め寄ろうとする月夜。
その前に、


「イルだーっ!!」
「イルがきたーっ!!」
「きたー!」
「イルおそいよー!」
「よー!」
「イルじゃないよサンタだよ!」
「サンタじゃなくてイルだよ!」
「サンタイル!」
「イルサンタ!」
「いーるっ! いーるっ! いーるっ!」
「さーんたっ! さーんたっ! さーんたっ!」


子供達には、いいパフォーマンスになったようだ。
怒涛の勢いで35人の子供達がイルへと飛びついていく。
「ちょ、落ち着けお前ら! 一人ずつや一人ずつ!」
そしてその波に飲み込まれそうになって慌てて制止をかけるイルサンタ(採用)。
猫が威嚇するようにプレゼントを虎視眈々と狙っている子供達をどうにかなだめ、白い袋へと手を突っ込む。
「ほれ、あーっと、飛行機のラジコンは誰やったっけ?」
「ぼくー!」
「ヴィルは鉄道の模型やったな」
「うんっ!」
「んでサーシャがお人形さん、と」
「イルありがとー!」
「フィリップはなんやったっけ?」
「え、と……ゲーム盤」
「ん、こいつやな――――――」
まるで一世代前の競りのように次々とプレゼントが手渡されていく。
月夜とシスターが見守る中でその騒ぎは続き、
「アンがぬいぐるみ、っと。貰ってないヤツはおらへんなー?」
『うん! イルありがとー!』
大合唱。
そのお礼にイルは和やかに目元を緩ませ、月夜とシスターの隣に歩いてきた。
「おつかれさま、イル」
「よくやるわね、アンタも」
口調は違うが、両方とも、心からの労い。
「せめてあの子らにはこれくらいの楽しみがあってええもんやろ」
「……そうね」
イルから眼を離し、早速貰ったプレゼントと戯れている子供達を見回す。
と、フィリップと呼ばれた男の子が立ち上がり、


「みんな、集合ー!」


そう、号令をかけた。
「……なに?」
「なんやー?」
はてな、と首を捻るイルと月夜。
子供達が見る見るうちに二人の周りに集まる。
なにかを隠してうずうずしている顔。
フィリップがたどたどしく口を開いた。
「ええと、いつもおせ、お世話になっているイルへ!」
子供心に必死で文を考えたのだろう。
精一杯背伸びして伝えたい、という気持ちがありありとわかった。
フィリップは一度言葉を切ると、懐からガラスケースを取り出した。
たどたどしい手つきで蓋を開け、中から緑色のリングを手に取る。


「かん、感謝の気持ちで、みんなでつくった―――つくりました!」


それは、教会のステンドグラスを切り取って加工した粒を紐で繋げたもの。
見ればそれぞれに一文字ずつ掘り込まれており、総計35個の粒をもって一文を為していた。





イルへ。いつもほんとうにありがとう。ずっとずっとげんきなままでいてね。





「………………おおきに」
たったそれだけを告げ、イルは両手でしっかりとそのプレゼントを受け取った。
同時に、


『イル、ありがとーっ!』


最後の最後の大合唱。
顔を真っ赤にして、満面の笑顔で、子供達が声をそろえてそう叫んだ。
そのままわーい、と歓声を上げて走っていく。
「ほら、今日はもう寝ますよ」
それを誘導していくシスター。
去り際に月夜に対して目配せをしていく。
「…………」
子供達が去った後も、イルはそこを動こうとしなかった。
空になった白い袋と、手にのった腕輪を凝視している。



「…………冥利に尽きるって、もんやなぁ…………」



噛み締めるように、そんな言葉が呟かれる。
その姿を見ながら、ここでの暮らしも悪いもんじゃないと、自分に言い聞かせるように月夜はそう思った。
自分にも覚えがある。
幼い錬からもらったいくつものプレゼントは、今でも尚机の引き出しの中に大切にしまってある。
それは、言葉には表すことのできない、本当に大切なもの。
他の何物とも代える事のできないもの。
…………錬、どうしてるかな。
ふと、そんなことを思い返し、月夜はガラス越しに夜空を仰いだ。
作り物の月光が冷え冷えと光る。
イルはたった今もらった大切な贈り物を、月夜は胸の奥に残る大切な記憶を抱き、その光に照らされていた。












――――――たとえ証が消えようと、思いはここに、この胸に。